文字の生まれる瞬間に立ち会う——『ハングルの誕生』(野間秀樹)



『ハングルの誕生 人間にとって文字とは何か』(野間秀樹・著/平凡社ライブラリー)読了。
同じ漢字文化圏で、日本語と似た様な言葉もたくさんある韓国語には興味を持っている。
ハングル文字の仕組みはわかりやすく、意外に簡単に読める様になるからイイ気になってしまうけど、会話は難しいし、せいぜい映画やドラマに耳をそばだてたり、アプリで学習するくらいしか出来ないでいた。

ただ、アプリは面白くって、漢字語をハングルでどう記し、どう読むか、ひたすらテストするタイプで、気分転換にちょうどよく暇を見ては続けていたのだ。
例えば「大学」の「大」は「대(デ)」、「学」は「학(ハク)」だから「デハク」と読む。漢字の音読みを一つ増やして覚えるくらいの感覚だから、様々に組み合わせれば無理なく多くの単語を覚えられる。
そうしている内に「出発」が「チュルバル」とか「動物」は「トンムル」とか、日本語で「ツ」って読むのは「ル」になってるのが多いと気づく。「会員」は「フェウォン」で、日本語の「K」の発音は「F」の発音に、「イン」は「ウォン」になっているのが多いとか、法則性に気づいていく。その一つ一つに、なぜか合点がいく。

大昔に大陸から渡ってきた先祖がいたとして、その人がそう発語していたDNAの記憶が残っているんじゃないか、とか、発語に快楽を憶えるのは奥に沈んだ祖先の記憶が、息を吹き返した音の愉悦に浸っていたりなんかして。なんて、そんなことを妄想すると楽しくて、アプリの学習を続けていた。
だから書店でこの本を一目見て、即買いしてしまった。なかなか分厚いし、割と専門的な本だけど、面白くてぐんぐん読み進めた。すると韓国語のことだけでなく、日本語のこともたくさん知ることが出来た。

日本語の漢字の音読みはたくさんあるけど、韓国の漢字の音読みはほぼ一つしかない。「行」という字だけで日本語だと「ギョウ」「コウ」「アン」などたくさん読むけれど、韓国語では「ヘン」だけだ。外国語の母語話者が日本語を覚えるのは大変だろうなぁ。
それにしても、なんで日本語にはこんなに読み方があるのかなんて、考えたこともなかった。
この本によれば、「ギョウ」は5世紀以前、中国の南北朝時代からもたらされた【呉音】、「コウ」は7世紀以降、遣唐使によって唐からもたらされた【漢音】、「アン」は12世紀以降、僧侶達によって南宋からもたらされた【唐宋音(唐音)】なのだという。そうなのか~!! 知らなかった!

そりゃ、中国の政権も時代によって民族も違うし、首都の場所も違うし、なんてったって時間も経ってるわけだから、同じ発音を続けているわけではないですもんね。でもその時々で輸入した読み方を「まだ「ギョウ」なんて読んでるの~? ふるー。今、唐の国じゃ「コウ」って読むのが新しいんだぜー」とか、遣唐使のおっさんがほざいていたのかな。
そんな長い歴史の関わりの中で伝わってきた読み方を、基本捨てずに残してきた上に、「行(ユ)く」みたいに、やまと言葉で無理やり読ませる訓読みまで開発しちゃう、そのニュートラルさというか、適当さというか、日本らしくて結構好きだ。

それに高校時代にちょっと触れただけの漢文。漢詩を読むための趣味みたいなもの、くらいにしか思っていなかったけど、まだ固有の文字がない時代の日本列島や朝鮮半島で、書くこと読むことそのものが漢文頼りであった状況を想像すると、その重要性を思い知らされる。お互いの訓読の違いや工夫の詳細を知るにつれ、中国との関わり方の違いも感じ取れたりする。
忠清南道瑞山郡、文殊寺の『佛説仁王般若波羅蜜經』の口訣にカタカナの様な文字が発見されたくだりには、カタカナの起源にぐるぐる想いをめぐらせて胸が躍った。

そして何より、世宗とそのチームが編み出したハングル文字(訓民正音)の革新的で画期的すぎることに驚愕した。まさか喉や歯や口の形で象られて作字されていたとは! 母音の形は陰陽道の理論にも適っている形だったとは! その上、漢字の音節をそのままの文字数で形にしつつ、音素を紐解けばアルファベットの原理にも適っている。こんな21世紀的合理性を備えたシステムを、よくもまあ15世紀に開発したものだと唸るばかり。

その仕組みを知れば知るほど、世宗はIT時代を見据えていたのではないかとさえ思えてしまう。世宗の「民衆の声なき声を形にする」という願いは、インターネットの爆発的な普及にも重ねて見える。ハングル文字(正音)は近代以前にも使われてはいた様だけど、本格的に民衆に広まったのは500年後の20世紀。そして世紀末に満を期して、IT国家として花開いた韓国の民の声はハングル文字でネットにのり、世界中を駆け巡る。更に21世紀になると言葉はその本領を発揮して、映画やドラマが世界中で爆発的なヒットを打つ。

ハングル創設チームの鄭麟趾が語った「風声、鶴唳、鶏鳴、狗吠と雖も、皆得て書くべし。」という躍動感に満ちた宣言は、500年後にスクリーンの中で暴れまわる韓国の俳優たちに受け継がれたのではないかと、全て必然に感じて勝手に胸熱になっている。
グローバルな国民性は、一夜にしてならず、だったのだ。

更に、東洋の絵画や書における精神性との関連や、DTPにおけるタイポグラフィーに至るまで、言語学に留まらず文字の世界を余すところなく伝えていて、美術やデザインを生業にしている者としても、興味深いばかりだった。文字とはなんと、肉厚なことか。

ところで読後に検索していたら、大好きなソン・ガンホ主演の『王の願い—ハングルの始まり―』という映画がなんと今年上映されていた。タイムリーすぎる!
ということで早速配信で観てみた。
あくまでフィクションなので、この本に記されていた様な制作チームは出てこない。代わりに弾圧されていた仏教の僧侶たちが描かれていて、当時の儒教と仏教のパワーバランスも興味深くて面白かった。

なぜこれほどまでに執着して文字を作ったのか。本当に民を想ってなのか。聖人君主すぎないか?
本を読んでもいまいち伝わってこなかった世宗の人間像だけど、映画の終盤でガンホがつぶやく、「民は文字を知らず、思いをうまく表現できぬと思っていた。思いを伝えられなかったのは、この私だった」の言葉に、ああ、表現欲求の源は全て、己れの拙さ故の渇望だよねと腑に落ちる。
やわで不器用で名君の輝きも感じさせないガンホ演じる世宗像は、人間臭くてとても良かった。

『しぜん ⎯ キンダーブック』21年11月号の立体イラストメイキング

早いもので、もう11月中旬。
前の投稿が5月17日なので、気がつけば半年も更新を怠ってしまいました。
久々にメイキングを描こうと思います。
今回は『しぜん ⎯ キンダーブック』11月号です。

いつも楽しいお題を下さる『キンダーブック』シリーズですが『しぜん』は初めて。
こちらは『キンダーブック』の自然科学系部門の絵本雑誌で、
今回のご依頼は重力を説明するページの立体イラスト。
丸い地球の上下左右に子どもたちがくっついている立体を作って欲しいとのことです。

これ、一回やってみたかったんです。

というのも私、「water field colore child」と名付けた世界の民族衣装の人形を
何年も前からコツコツ作ってまして、まだ全部出来ていないのですが、
7年前にとりあえず一度展示した時はこんな風に飾ってみました。


写真じゃわかりにくいけど、ちょうどギャラリーの壁に窓状の穴があったので、
そこに埋め込む形で同サイズの箱を作って埋め込み、
せっかくだからカーテンも作ったりして、劇場仕立てにしたのです。

これはこれで面白い趣向でしたが、難点が一つ。
せっかく作った後ろ姿が見えないのです。
民族衣装だけに、背中もいろいろ凝っていて、細かい模様をちまちま描いたのに。

それにメルカトル図法の地図、これも好きだけど、やっぱり上下の間延びが気になります。
ロシア、デカすぎる…。グリーンランドも誰もいないのにデカすぎる…。
最近じゃアメリカで地球平面説の陰謀論も流行っているとかなんとか。。
いやいや地球は丸いんです。

だから、次に展示するときには、まあるい地球の上下左右にこの子たちをぷすぷす刺して
展示したいなーって思っておりました。

まあでもこの子たちの制作はここ数年サボっていて一向に増えないので
まだまだ先だにゃ〜死ぬまでにできるかにゃ〜、、、なんて緩みきっていたところ、
お題の方が仕事で先に来てしまった!

ということで、これは展示の予行演習だと思い、楽しく制作に励みました。


さて前置きが長くなってしまいましたが、ここからが今回のメイキングです。
この本では一つのアングルしか写真を使わないので半球で良いだろうと見込んだのですが
そうなると五大陸の全ては入らないわけで、さてどうしよう。
地球をどこで真っ二つにスカポンするか…。

打ち合わせでは、日本の位置が左上にくるとわかりやすいかもですねー、
なんて話になったのでぐるぐるぐるぐる地球儀を回しながら考えて、
最初に決めたアングルはこの位置でした。

わかりやすい様に、半分で切る位置に黄色いゴムを巻いています。
北極が左に来て、地中海を中心に据えたこの位置だと、
端っこすぎて見えないけれど、一応日本が左上の黄色いゴムのところにあり、
他のあらゆる人種の子たちも周囲に配置できるかな、と思ったのです。

で、ラフを作成しました。

りんごの木がある場所が、ユーラシア大陸の向こうの海に浮かぶ日本。
木の左のオレンジのパーカーを着てる子が日本の女の子で、
時計回りに、タイの女の子、南アフリカの男の子、大西洋に浮かぶタンカー、
南米大陸にはブラジルの女の子と男の子、
北米大陸にはアメリカの男の子、ワンちゃん、カナダの女の子、
再びユーラシア大陸に戻って、ロシアの男の子、と並べてみたのです。

でもこのラフの地球、ちょっと嘘をついています。
上の地球儀と比べるとわかりますが、アメリカ大陸が入る様にググッと寄せています。
意図的というより、丸いものを見ながら描くと、目では見えているものだから、
アメリカ大陸を入れたい気持ちが先走ったか、ついつい入れ込んでしまった感じです。

ちなみにアフリカ大陸がググーッとインド洋の方に寄っちゃっているのは
デッサン力の無さというか、歪んでしまっただけです、はい。
でもまあ、それほど不自然にも感じなかったので、これで良いかと。

というわけで、子どもたちは気楽にサクサク作りました。
べっこう飴状態の世界の子たち、かわいい。


さて問題は地球の方で、
東急ハンズで買って来た半球のスチロールに下地を塗ってザクっと描いてみました。
するとやっぱりラフの地球がおかしいので、なかなか辻褄が合わない…。

ラフではインド洋が狭すぎたのでもっと拡げて、
じゃあタンカーは大西洋上じゃなくてインド洋上の方がバランス良いかもと、
南アフリカの男の子と位置を入れ替えたり。

これであっている…? アメリカ大陸見えないよね…。

四角い画面から四角い画面へ模写するのは慣れていても
球体から半球体に模写するのって、意外とムズカスィ。

目だけで追ってると、どうしてもズレるので、
塗った地球をスマホで撮っては、地球儀の画像とphotoshopで重ねてみる。
するとアフリカやヨーロッパが大きすぎて大西洋にズレ込んでいることに気づきます。
ヨーロッパってたくさんの国があるから広い印象なのですが、
実は狭いところに小さな国が密集してるだけなんですよね。。

これを見ながら修正し、また撮影して重ねてみる、というのを繰り返し、
少しづつ、ズレを正していきました。

中途半端に文明の利器を利用しつつも、至ってアナログな努力の結果、
アフリカ大陸がズズズと地殻変動→移動の末、
あるべき地球の姿に近づいてきたの、ですが…、

うーん…。
アメリカ大陸、一応描いているのだけど、端っこすぎて見えません。
みんな、海に浮いているみたい。
日本の女の子も、これじゃあ大陸にいるみたい…。

これでは子どもたちのお国柄がわからないし、
そもそもこの地球、なんかしっくりこないんですよね。。


ここで編集さんに画像を送って、ちょっと相談してみました。
すると編集さんもおうちでぐるぐるぐるぐる地球儀を回し悩んでくださって
送ってくれた画像がこちらです。

おお!これは、おなじみのユーラシア大陸
そう。日本を左上にっていうのにこだわっていたのがいけなかった。

「慣れ」っていうのは侮れないものです。
やはりいつも見慣れている「北半球が上」の姿じゃないと、地球と認識しないのか?

更に私たち東洋人にとって見慣れたユーラシア大陸が真ん中にあると、
それだけでなんともしっくりくる。
これがヨーロッパやアメリカの絵本であったら、 また別のアングルになるのでしょうね。


とは言え、子どもたちはラフで設定したお国柄設定で、すでに作ってしまっている。
どうしたものか。

編集さんの地球儀画像を元に、 またphotoshopであれこれと配置を考え直してみました。

これでどうだ!

このアングルだと、日本はギリギリ右上に目視出来ます。

タイ人の女の子はフィリピンより向こう、ミクロネシアのグアム島あたりまで行っていますが、
まあ、南国っぽい服装なのでOK。

アメリカ大陸はぐるっと後ろに隠れてしまったのでどうしましょう。
アメリカの男の子、ヒップホップなファッションなのだけどな〜。
ふと思いついて「オーストラリア ヒップホップ」で検索してみると、
「“オーストラリア・ヒップホップ”がなかなかアツい!」と紹介されているサイトを発見。
よっしゃーこれだ!シドニーに移住!

カナダ人の女の子も、昔私が短期ホームステイしたオーストラリア西海岸の
パースの家の娘さんキャサリンに似てるからパースに移住!(こじつけ)

タンカーはやはりインド洋を悠々と航海し続けて。

南アフリカはギリギリ入っているのでこのままでOK。

ブラジルでサンバを踊っていた子の女の子はぁぁぁ、え〜っとぉぉぉ、
あ、いたいた!4年前に行ったモロッコのジャジューカ村に!
こんなファッションのベルベル人の女の子がいましたよ!
ってことで北アフリカに移住です。(苦し紛れ)
サンバじゃなくてジャジューカミュージックでトランスしましょう。

ブラジルで盛んなサッカーは、ヨーロッパでも負けず劣らず盛んですよね。
はい、サッカー留学で欧州へ!

カナダの女の子が飼っていたワンちゃんは、ロシアの男の子にプレゼント!

で、ほらっ。どうです?
バッチリじゃないですか!

という…、なんともアクロバティックな民族大移動の末、
構図の変更が完成したのでした。



ということで気を取り直して、地球の大陸を描き換えていたところ、
またまた事件が起こってしまいました。

下地が剥けたんです。
ぺローンと。
本当に綺麗に。

本当はその衝撃画像を皆さんに披露したかったのですが、
あまりに衝撃的すぎて写真を撮る余裕もありませんでした。
あーでもないこーでもないと大陸移動をした、あの努力はどこへ…?

犯人はコイツです。

これマヨネーズ状の粘土です。
ジオラマ作る時の壁材とかに手っ取り早く使えるんで重宝してました。
しかし、そういうおためごかしの類いには、あつらえ向きなのだけれども、
絵の支持体として使う様な気骨のあるタフガイではなかった。
たぶん成分的には木工用ボンドみたいなもので、
気は良いから飲み会の穴埋め要員にはもってこいだけど、
所詮ペラペラしたチャラいヤツ、いざというところで頼っちゃいけない方でした。

いや、絵と言っても「ただ地球描くだけだしー!」と
タカをくくって支持体を舐めていた私が悪かった。。

ということで、綺麗さっぱり生まれたままの姿に戻ったスチロールを前にして、
私も生まれたままの初々しい心に戻ったのでした。

で、この方の登場。

ジェッソさま。

決して派手ではないけれど高倉健の様に黙々としかるべきことはやる男。
コイツをを5回くらい塗って、それでもスチロールの凹凸が隠れないので、
石塑粘土で覆って、やすりがけして、、粉吸いまくり、またジェッソを塗りまして…、

やっと綺麗な丸になりました!

初々しい…。
何か生まれそうな、そこはかとなく有機的な、卵みたいに神聖なお姿。

そして私もアホですが、アホアホなりに体を張って学ぶので、
前回の失敗を省みて今度はちゃんと鉛筆で陸地のアタリをつけました。
いや、基本ですよね。。。

ユーラシア大陸!


今度こそ間違いない!
さて塗るぞ!

流石にジェッソ様と石塑粘土様の下地は堅牢で、塗りやすいのなんの。
アタリをつけたおかげで迷いもなく、あっという間に完成したのでした!

かわいい坊の竹串を刺したい。
さしたい。
サしてみたい…。
はやる気持ちを抑え、撮影に向けて厳かに梱包します。



そして撮影日当日⎯⎯⎯⎯

一度刺したら地球に穴が空いてしまうので、
まずは子どもたちを周囲に並べるだけのバージョンを。
とりあえず白い紙に置いてみました。

影が落ちる…。

あたりまえですね。
これでは半球であることがバレバレです。
もちろんこれで撮影して、後で切り抜いて合成するという手もあるのですが、
それはあくまで “おさえ” として、なんせプロのカメラマンさんですから、
影なしで撮影する方法も華麗に披露してくださったのです。

ガラスーーー!!
 
しかも、下の紙に光を反射させることで、紙自体が発光して遠い影も落ちない。
その上で、オブジェも逆光にならないためのあれやこれや、超絶照明テクを施して下さった。
その結果は…、

素晴らしい!!

でもこちらは白バックなので合成用のおさえです。

今度は合成ではなくて、青い紙(宇宙)をバックに直撮りバージョンに挑戦!

スタジオには様々なストックがありますが、グラデーションの入った良い感じの青い紙があり、
これをバックに撮ると…、

おおお〜〜〜!

深遠な宇宙を思わせる透明感!
最高です!

更に。
最後には待ちに待った串刺しバージョンです。

ファインダー越しに覗いているカメラマンさんにチェックして頂きながら
「この辺ですか〜?」といちいち確認しつつ慎重に刺していきました。

真横から見ると、タンカーなんか、結構上の方に刺してますでしょ。
マダガスカルからオーストラリアに向かって悠々と悠々と航海しています。



では出来上がった画像をご覧ください!


ジャーン!

最高!!!!

やっぱり周囲にぐるっと置かれているより、人形が多少上下している方が
動きが出て一気に豊かな雰囲気になりますね。
これは刺してみないと本当にわからなかった。


ちきゅうに ひっぱられたから!
うん。ひっぱられてる、ひっぱられてる!

あ、結局カナダからオーストラリアのパースへ移住したキャサリンは、今はデンマーク在住です。
よく見たら服のデザインも北欧っぽいじゃないですか。
それに欧州にサッカー留学した彼は、今はスペインで活躍してるみたいですね!

誌面右下に囲み記事が入るので全体的なバランスを考えて、右側の人数を減らしたのです。
この様に、打ち合わせ、制作中、撮影中、皆さんと相談しながら、
臨機応変にちょこちょこ変更したりして、より良き誌面を目指して作ってます。

ちなみにこの囲みの中の「たいよう」「ちきゅう」「つき」の絵も描きました。
他のページには、動力の説明図や、アルキメデス、ガリレオ・ガリレイ、ニュートンなど
歴史上の人物の絵なんかも描いています。
子どもの頃、理科は一番苦手な科目だったので「アルキメデスのげんり」って何だっけ??
読んでもいまいち理解できない…(汗)、などと、頭をひねりながらたくさん描きました。

でもやっぱりこの立体イラストのページが一番好きだし、わかりやすい!

子どもたちの記憶の片隅に「万有引力といえばアレ」なんて
大人になってもこの立体の残像が、残ってくれたら嬉しいなぁ。

『SPA!』21年5月18日号にイラスト掲載

先週発売の『SPA!』21年5月18日号にイラスト掲載されています。
「会社の辞めどき」特集の「見限りおじさん図鑑」を描きました。

おじさんたちが「もう辞めてやる!」と会社を見限る瞬間のランキングを
ベスト10形式で見開きページに構成しています。

久しぶりに雑誌らしいイラストを描けて楽しかった!と思ったものの、…あれ?
久しぶりも何も、こういうイラスト、実は一度も描いていなかったかも!?
それにしては何だろう? この既視感は…。

そう、週刊誌のお仕事といえば『AERA』でたくさんお世話になっているのですが
『AERA』は基本立体イラストなので、「描いた」ではなく「作った」なのでした。
ほんの少しの諧謔性を交えつつ、おじさんたち(ガチ同世代)へのエールを込めた
このテイスト、それは『AERA』で手がけてきた立体イラストに通じるものがあり、
だから、「久しぶり!」と感じたのでした。
(『AERA』では逆に最近このテイストのオファーが減っているかも)

平面イラストは、建築関係の雑誌や、子ども向けの雑誌、教育関係の媒体が多かったので
意外なことに、こういうイラストを全然描いていなかったのですね。

でも今まで平面で描いてきた俯瞰図を構成する技術と、『AERA』の立体の諧謔的なテイストが
スッと融合して、何のストレスもなくスンナリ描けたのでした。
そしてなんか、とても楽しかった。

『SPA!』からのご依頼は初めてでしたが、若い頃から慣れ親しんだ雑誌に掲載されるのは
やっぱり嬉しいですし、お仕事的にも週刊誌のテンポがあっているのかもな〜と思いました。

衰退の一途を辿る雑誌業界ではありますが、老舗の両誌にはまだまだ頑張って頂きたいし、
雑誌文化に育てられた世代としても、まだまだやるべきことがあるはずだ!と
明るい気持ちになりました。

テレビのお仕事

昨年末、テレビのニュース番組で使う人形を作って欲しいという連絡があった。
テレビ ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ 私はテレビをほとんど観ない。
高校生くらいからもう30年くらいほとんど観ていない。

一人暮らしをしていた短い期間だけ、ちょっと寂しくなってテレビをつけたけど、バラエティ番組のから騒ぎは虚しく響き、ますます寂しくなる気がした。

同じくテレビ嫌いな人と結婚して、更に拍車をかけて観なくなった。
けれどイラストの仕事をしている以上、「芸能人の◯◯みたいなイメージで!」なんて話は当然打ち合わせの席で出るわけで、その度いつも知らないことを謝ったり、知ってるふりして検索したり、申し訳ない気持ちになった。

そんな私にテレビの仕事が来た。

実は以前も、ある人形をテレビ番組で使いたいとお声がけ頂いたことがあったのだけど、実物の人形を見たセット担当者は怯んでしまったらしい。私はアーチスタフォルモという石塑粘土を使っていて、これは結構壊れやすいのだ。バタバタと忙しいテレビの現場では扱いが難しいのだろう。

テレビのセットで使われるオブジェなどは、造形屋さんに発注されることが多く、大抵FRPなどの壊れにくい素材で作られている。
その手の樹脂素材は匂いもきつく補強材も吸い込むと危険な代物なので、普通のご家庭の環境で取り扱うことは出来ない。
いや出来たとしてもやりたくはない。
そもそも樹脂は、固まった後に削ったりもできない種類が多いので、あまり細かい加工には向いていないのだ。
だからか、テレビ番組で見かける政治家の人形などは割とあっさり作られている。着色もスプレーで肌色とほっぺの赤味の2色を吹き付けるくらいの感じで施されていたりする。
報道番組でその手の人形を見かけると、似てないな~と思うことはあったけど、まあでもテレビというのは、それくらいあっさりしたものが求められているのかもしれないなと思っていた。

だから私にテレビ番組からの依頼が来たことには驚いた。当然、上記の懸念点を最初に確認したのだけど、それでもお願いしたいと言って下さった。変わった方もいるものだ。

それで今年に入って以来、実在人物の人形ばかり作っている。雑誌の仕事も重なったのでこの4ヶ月内に5名の著名人を作り、こいつぁ〜なかなか大変だ…(汗)と思っているけれど、やり甲斐はある。

オンエアされた人形を順次SNSでアップしていたら、友人から「あーいう人形、あんなにリアルな必要ある?」なんて指摘もあり、「そういう作風を見て依頼してもらったからね~」と返答したものの、まあ確かにテレビの分脈からは外れた代物を作っているのかもしれない。テレビを観ない人間が作っているのだから、そりゃそうだ。そもそも分脈がわからない。

でももしかしたらプロデューサーの方も、そういうものを求めているのかもしれないなと思う。
その方は報道番組を作りながらも「報道」の枠組みでは取りこぼされてしまうニュアンスを、個人的に写真と文章で伝える表現活動をされてる方なので、伝えきれない事柄に対して誠実かつ実験的に取り組む姿勢があるのではないかと、勝手に思っているのです。

私たちはあらゆるメディアに対して、いつの間にか分脈を読み取って、それを再生産し始める癖がある。
それがルーティンになって行くと、作り手は「こういうものでしょ」と作業をこなしはじめてしまう。
見る人も「こういうものだ」を確認して安心し始める。
そういう慣れが、作る人の思考も、見る人の思考も、鈍化させていくと思っている。
実は子どもの頃からそういうものがあまり好きではなく、自分より絵やイラストの上手い友人はいたけれど、どんなに上手でも「この人は“こんなもんでしょ”って思って描いているな」とか、心持ちが透けて見える気がしていた。不器用な人間の負け惜しみかもしれないけど。

でも、そんなわけで、テレビを見ない人がテレビの仕事をするのも良いかもしれないなと、都合良く考えているのです。
もちろん勉強不足を開き直る意味ではなく、自分の「言葉」で語れる幸せに感謝しつつ。

『ウェークアップ』(日テレ/21年4月17日放映)に出演した菅義偉氏とジョー・バイデン氏の人形

細野晴臣さんと笑福亭鶴瓶さん人形

ずっと、ブログを書きたいな、と思っていたものの、今年に入ってから息つく暇もなく。
ようやく少し落ち着いたので、お年賀以降の初投稿します。

まずは、お馴染みの『AERA』にて、21年2月22日号から4回、
細野晴臣さんと笑福亭鶴瓶さんの往復書簡の短期連載があり、
お二人の人形を作らせて頂きました。

普段、あまり好きではない政治家ばかり作っているので
好きな著名人を作れるのは嬉しいですね。


※原稿部分は著作権保護のためにぼかしています。

とはいえ、ファンの多いお二方なので緊張しました。
鶴瓶さんはキャラ化しやすいかと思いきや、立体だとそう簡単にはいきません。
スキンヘッドに近いスタイルの方は、頭の形一つで印象が変わってしまうのです。

この号に続いて4号続いて掲載されたのですが、
せっかく立体なので右向いたり左向いたり、いろんなアングルで撮影して頂きまして、
それがほぼ初対面のお二人の、かみ合う様なかみ合わない様な、
ちょっとくすぐったいやりとりにマッチしている感じがして、なんとも嬉しかったです。

濃厚な人生経験を重ねられたお二人の言葉はハッとすることばかりで、
こんな時代を生きていくヒントが散りばめられておりました。
どんどん盛り上がってきた…!というところで連載が終わってしまったので、
この続きをまたどこかで拝読できたらなぁ…と、切望しております。

明けましておめでとうございます2021

 
明けましておめでとうございます。
毎年、一年間で制作したもので一番気に入ってる作品を年賀にしていて、
立体イラストが多かったのだけど、今年は久しぶりに平面にしました。
『キンダーブック がくしゅうおおぞら』で描いたイラストです。

昨年はなぜか俯瞰図ばっかり描いていて、立体はすごく少なかったのでした。
立体と平面を行ったり来たりしていると、いろんなことを考えます。
平面には背景に包まれた優しさや暖かさを感じるけれど、
立体には物が単体で立っている緊張感を感じます。
立体は常に内側と外側の間で拮抗しながら奇跡的に立っているのです。

なんの話が始まったんだ?という感じですが、無理くり新年の挨拶につなげると、
昨年は誰もが相反する価値観の間で拮抗しながら、奇跡的に立っていた一年だったと思ったのでした。

ってことで、今年は良い年になります様に! 本年もよろしくお願いいたします。
『キンダーブック がくしゅうおおぞら』2020年10月号観音扉【いろいろなへやがあるよ!】1

『キンダーブック がくしゅうおおぞら』10月号

『キンダーブック がくしゅうおおぞら』10月号では、来年小学校に入学する子どもたちに向けて 小学校ってどんなところか紹介するページのイラストを描きました。『キンダーブック がくしゅうおおぞら』2020年10月号観音扉【いろいろなへやがあるよ!】1 こちらが3〜4ページ。『キンダーブック がくしゅうおおぞら』2020年10月号観音扉【いろいろなへやがあるよ!】2 こちらが5〜6ページ。 ふたつの本を並べると、 バーン! 全貌が眺められるのです。 キンダーブックは幼稚園で配られる本なので、お友達の本と並べて遊んでくれるといいな。
別のイラストレーターさんのキャラクターや写真も載るので、煩雑にならない様にPCで着色。 コピックも好きだけど、お子さん向けには単色塗りもポップで良いですね。 遊び心がふんだんに盛り込める楽しいお仕事でした。 今年は休校が続いたりで、学校も寂しかったと思いますが、 早くこんな風に密で賑やかな光景が、子どもたちの元に戻って来ますように!
『AERA』20年9月21日号A/朝日新聞出版

『AERA』20年9月21日号にて、肩こりちゃん作りました

『AERA』20年9月21日号に載ってる肩こりちゃんです。
『AERA』20年9月21日号A/朝日新聞出版
『AERA』20年9月21日号B/朝日新聞出版
『AERA』20年9月21日号C/朝日新聞出版

私もコロナ以降はいっちょまえにZOOM会議に参加したのですが、
画面越しの皆様の華麗なるテレワークコーデを思い出して作ってみました。

会社にいるよりラフなのだけど、くだけすぎないナチュラルテイスト。
家にいるけど化粧はしなきゃ。でも合間に家事もするし。リラックスしたいし。
みたいな。
…イメージですけどね。

掲載されたのは9月なので、まだ東京都の自粛要請など出ていた頃で、
慣れないパソコン作業の眼精疲労や夏の自粛疲れが蓄積して
肩凝りまくった方も多かったのではないでしょうか。

写真だとわかりにくいけど、後ろ髪の毛の中にこっそり穴をあけています。

竹ひごが刺ささっていますね。
ここにハッポースチロールの岩を5段重ねると…、


ジャーン!
重い重い重い!ガッチガチですね、おねーさん!かわいそうに!

いや〜しかし、超絶なバランスのものを作って立った時は嬉しいです!

バリエーションとして、


こーんなこともできますし、


こーんなこともできちゃいます。

この子、池田和子っていうんです。
facebookに投稿したら、デザイナーの友人が命名してくれました。
わたしは密かに、ほのかちゃんって呼んでたんですけど、
ほのかじゃ「萌え」が足りないみたいです…。

あ、メガネ女子といえばこの子もいた。


去年作った花粉症ちゃんです。
あ、でもこれはメガネじゃなくて花粉避けのゴーグルだった。

『AERA』18年2月18日号A/朝日新聞出版

本番撮影では(私が)うっかりゴーグル忘れてったので、
裸眼で写っています。目がさらに痒そうでかわいそうです…。

でもメガネ外した方が可愛いかな、この子は。
まだ名前がついていないので、ついでに募集しておきます〜。

肩こりだの花粉症だのに悩まされながらも、頑張って働くメガネ女子たち!(2つしかないけど)
まさにAERAの読者層!?(…と思う)
妙な親近感が湧いて気に入っています。

今年はコロナ禍で更に大変だけど、働き方も変わってきて暗い話ばかりじゃないですよね。
混迷の時代に逞しく生きるAERA女子の皆さん、あまり頑張りすぎないで、
息抜(生き抜)いていきましょう〜。

ということで、
VIVA!!1107(イイオンナ)!

『日経アーキテクチュア』2020年8月27日号【ICTが実現する未来の病院】/日経BP社

『日経アーキテクチュア』2020年8月27日号

『日経アーキテクチュア』2020年8月27日号にて、未来の病院の俯瞰図を描きました。『日経アーキテクチュア』2020年8月27日号【ICTが実現する未来の病院】/日経BP社 久しぶりにコピックで塗りました。やっぱりアナログは楽しい。
この病院は、感染外来のエントランスを別に設けていたり、AIによる診察室の常設、待合室の縮小などが特徴です。
コロナ以降別の媒体でも、未来の薬局、住宅、会社を描きましたが、コロナによってアップデートされるであろう未来を暗中模索しています。

ミラクルでダイナミックな孔子の教え——『生きるための論語』(安冨歩)

儒教…というと、悪いイメージしかなかったのです。 家父長制をはじめとしたそのイメージから、「孝」とか「忠」とか「義」とかいう漢字にも、「年功序列だ!男尊女卑だ!滅私奉公しろ~」みたいな抑圧的なイメージしか感じてこなかった。こんなもん輸入したから第二次世界大戦時にも「お国のために~」みたいな理屈を成立させ、たくさんの命をないがしろにし、戦後は戦後で受験地獄だサラリーマン社会だ、個人を抑圧する窮屈なシステムばっかり築き上げ、女性の社会進出も遅らせたんじゃないのかよ、みたいな。 とにかく良いイメージがまるでなかったのです。

高校の時、世界史の授業で諸子百家の話に初めて触れた時も、荘子の「胡蝶の夢」には惹かれても、孔子という人がどんなイデオロギーで何を伝えたかったのか、いまいち理解できなかった。道教は面白そうだけど、儒教はつまらなそうだった。 でも角川映画の『里見八犬伝』なんかでも、「孝」だの「忠」だの書かれた玉をありがたそうに集めるじゃないですか。そんなつまらなそうなものを、何故そんなに必死に集めるのか、本当に意味不明だった。

けれどアジアを旅すれば、横浜中華街をはじめ、台湾だろうが、韓国だろうが、マレーシアだろうが、「寺」ではない「廟」というものがあって、そこに人々が集まって、熱心に祈りを捧げている。 中国、台湾、韓国、日本という東アジアの広範囲から、華僑を通じて東南アジアまで、これだけ広い範囲で普及して、多くの人の日常の隣にある教えや信仰を、ちょっと齧ったばかりのフェミニズムで一蹴して良いわけがない、のだ。

フェミニズム的な観点から否定するのは、いとも簡単だ。簡単すぎて、心がなくて、自己嫌悪する。 都会のリベラル層が至極当然の常識の様に宣うフェミニズム的な言説が、地方の老人どころか、そこら辺の主婦にさえも、まるで通じやしない無力感は何度も感じてきたわけで、それと同じく、東アジアの多くの地域で人々の心の支えになっている儒教というものを理解しないことには、何が是で否と感じるのか、心から伝えることなどできやしない。

何より、自分がアジア的な見識を信奉しているのに、根本的なところで否定してしまっているという自己矛盾。アジア的なものの良いところ、悪いところを冷静に見極めたいのに、儒教って何なの? 詳しく知りたい。…かと言って、学術書はハードル高いし、眠くなる自信満々だ。だから数年前に100円くらいでポチった酒井順子さんの『儒教と負け犬』を読んでみたのだけど、これはちょっと浅すぎたし、ますます儒教が嫌いになっただけだった。

だから、安冨歩さんのこの本に出会えてとても嬉しい。 「学」んで、それが身体化するのが「習」。その理屈はすごく解る。この本を読んだ直後の今の私は、こうして頭で解釈したことを書いてみているのだけど、それは身体化するための作業であって、まだ実を結んでいない実感がある。 そして、答えは既に自分の中にあるということを示す「如」という概念は、おそらくカバラやタロットの考え方にも通じるものがある。ただ、自分の中にあるからといって放って置いても、様々な外的要因によって目が曇り見えてこない。タロットはカードを使って、その曇りを晴らすのだけど、『論語』的には知り(知)それを身体化すること(習)を繰り返し、過ちは常に改めて、そうすることでの曇りなき状態(仁)を維持する。タロットカードは手助けにはなるけれど、どこか手抜き感も感じていたので、自分の状態維持という点では、孔子の自己生成的な方法はしっくりくる。

あれだけ嫌なイメージしかなかった儒教がミラクルなものに感じてきた。

著者が書いているように、時代が下り、中国でも日本でも、その時々の政権によって都合よく解釈され支配しやすい様に歪められた「儒教」にしか、私は触れてこなかったのだと思う。一方的な命令系統に成り下がった儒教は、孔子の相互運動的なダイナミズムに真っ向から反していることがわかり、目の前の霧が晴れていった。

ここでもう一度、台湾や韓国、マレーシアの廟で真摯に祈りを捧げている人々の姿を思い浮かべてみる。 その人々は、単なる慣習で行っているだけかもしれないけれど、日常の隣に信仰がある風景には、効率ばかり求めない心の豊かさを感じてほっとする。それは、私が好きなアジアの一側面である。 孔子が伝えたかったのが、魂の脱植民地化であるのなら、それは私が希望を感じるアジアの姿に一致する。 この本を読んで、そんな核を一つ見つけたような喜びを感じている。