ポスッとコロぶ旅 その2 イポー(前編)

2020年2月6日、世界はコロナウィルスへの不安に包まれていた。
今まで買ったこともない類の衛生用品を詰め込んで飛行機に乗りこんだものの、機内トイレの蛇口のボタンがわからず手洗いを出来なかったのが気になっていたわたしは、空港に着くや否やトイレに駆け込んだ。そうして悠長に歯磨き、手洗い、洗顔をしてからイミグレーションにたどり着くと、長蛇の列ができていた。

結局1時間も並んだ末にようやく入国、慌てて荷物をとり、スマホのSIMを入れ替え、両替を済ませ、バス乗り場に走ったものの乗り場がわからない。
そこら辺にいるおっさんに手当たり次第に「イポー?イポー?」と聞き散らかして、示された方向に走っていくと「TO IPOH」と書かれたバスが悠然と目の前を走り去っていった。
わたしは<イポー…!>とかすれた声をあげながら、力なく虚空に手をふってバスを見送ったのだった。

時間も入念に下調べし、到着から2時間以上も余裕があったのに、まさか間に合わないとは…。やっと見つけたチケットカウンターのおばちゃんに聞くと、次のバスは2時間15分後とのことで、途方にくれる。
「旅にトラブルはつきもの。いや、これくらいのトラブルで済んで良かった」と思い直し、綺麗なカフェでマレーシアの朝ごはんを楽しむことにした。

トラディショナルブレックファーストとやらには、トーストの横に卵が2つ添えられていた。
高床式のマレーの家の傍で小刻みにリズムを踏むにわとりを想像し、ほのぼのとした気持ちで割った卵は、ゆで卵ではなく生に近い半熟卵で意表を突かれる。
「半熟卵を食べるのは日本人だけだ。それほどに日本の衛生管理能力はすごいのだ」と、先日友人から聞いて感心したばかりだったので、なんだ、あれも昨今流行りの「ニホンスゴイ」のガセネタだったのかと思いつつ、どうしたら良いのかわからないので、殻の割れ目に口をつけて2つともチューチュー吸いつくす。
本当はパンにかけて食べるものだと知ったのは、だいぶ後のことだった。

バスのリクライニングは快適で、延々と続く椰子の木を横目に眺めながら仮眠をとり、予定より2時間以上遅れてたどり着いたイポーで暖かく迎えてくれたのは、ガイドのチョン夫妻だった。
旅行一週間前、イポー行きの鉄道予約が埋まってしまい日帰りツアーを探していたところ、ネットで見つけた個人のガイドさんである。交通手段も含め相談してみたところ、日程を少し変えれば空港からバスで行けることがわかり、現地での運転や通訳もしてもらえると言うのでお願いしたのだった。

妻のアスカさんは日本人で、ご両親がマレーシアに移住していた関係でチョンさんと知り合い、結婚されたのだ。
彼女は事前に聞いていたわたしの要望を具現化した完璧なプランを立ててくれていたのだけど、大幅な遅れにも柔軟に対応して下さり、まずはバスターミナルから一番近い洞窟寺院に行こうと提案してくれた。

イポーはマレーシアの西側、ペナンとクアラルンプールのちょうど真ん中くらいにある、マレーシアで三番目に大きな都市だ。けれどガイドブックの情報は非常に少ない。
19世紀の末頃、缶詰めなどブリキ需要の拡大で錫鉱山が興盛し、中国南部からたくさんの労働者が移住してきたらしく、中国系の住民が多い。1970年代に錫鉱山が閉山されるまでは、とても賑わっていたそうだ。
今は、ゆったりとした空気が流れる静かな街だけど、引退後の移住地として日本人に人気で、アスカさんのご両親もそんな経緯で移住してきたらしい。

石灰岩の多いカルスト地形で鍾乳洞が多く、その洞窟を利用して建てられた仏教寺院もたくさんある。イポーで主に回りたかったのは、そんな洞窟寺院だった。

ペラットン洞窟寺院(霹靂洞/Perak Tong Temple)は1926年建立の歴史ある寺院だ。「ペラッ」の漢字表記は「晴天の霹靂」の「霹靂<へきれき>」なのか、かっこいいな〜と思ってふと気になった。もしかしたらイポーが所在するペラ州の「ペラ」も? と思って中国語表記を調べてみたら、やっぱり同じ漢字で「霹靂州」だった。「雷が轟く州」とは、イカした地名ではないか。

鍾乳洞に入るとド派手な黄金の仏像が鎮座、その周りの壁面にも龍やら観音様がのたくっている。千手観音の周りには飛天が舞い、とぼけた虎の造形物もある。ヘキレキ感満載で俄然気分が上がる。

洞窟内の階段はそのまま外の石灰岩の岩肌に続いている。急斜面に蛇行した階段を登って行くのは軽い登山の趣きで、なかなかきつい。すでに時計は15時を回っていてお昼も食べていないけど、それは付き合ってくれているチョン夫妻も同じこと。のっけからアクセル全開の展開に多少のハイになっていて、息を切らして笑いながらも、屁っぴり腰で登っていく。
頂上に辿りつくと、いきなり視界が開けて息を飲んだ。イポーの街の隅々までもが見渡せた。

民俗学者の宮本常一が父親に言われたという「村でも町でも新しくたずねていったところはかならず高いところへ上ってみよ」という言葉を思い出した。意図したわけでもないのにその通りになっているのが嬉しくて、自然と顔がほころんだ。高いところは大好きだ。

街を囲む様に、石灰岩の小高い丘が林立している特異な風景は、カルスト地形特有のものだと素人目にもわかる。
それにしても、かなりハンディサイズとはいえこの山水画的岩山の醸し出す悠久の歴史感と、手前に広がる工場の高度経済成長期的ノスタルジーのミスマッチがたまらない。熱帯のマレーシアで、こんな風景はまるで想像していなかった。
「あれはセメント工場です」とチョンさんが流暢な日本語で説明してくれた。
錫鉱山が下火になってからも、やはり第一次産業が主流なのだろうか。いずれにしても、イポーの豊富な錫資源は、この石灰岩と東側にそびえるティティワンサ山脈麓の花崗岩との接点に多く見出されたらしいから、この特異な自然が街を大きく発展させたとも言えるわけで、この街の栄枯盛衰が一望できるかの様な風景には、何かこみ上げてくるものがあった。

一方で市街地を眺めると長屋の様に繋がった赤い屋根が目に入る。
「あれはショップハウスですか?」
「そうです」
『マレーシア ペナン エキゾチックな港町めぐり⎯⎯』(イカロス出版)によると<ショップハウスとは一般的に、複数の家がひと続きになった、2階建ての長屋形式の建物を指す。中国の華南地方にルーツを持つ民家のスタイルといわれ、マレーシアをはじめ東南アジア各地に移民として渡った、主に福建、広東、潮州などの地域の出身者によって伝わった>とある。

マラッカやペナンでたくさん目にするだろうと思っていたけれど、イポーもショップハウスの街なのか。色も大きさも統一されていて美しい。
マレーシアで三番目に大きな都市が、こんな丘から一望できるコンパクトな街とは思っていなかった。
イポーの今年の人口は81万4千人、日本の田舎と違って人はどんどん増え続けている様だけど、わたしの住む練馬区は72万人で面積は1/13なのだから、そりゃ清々しくも感じるはずだ。引退後の移住地に人気なのが、わかる様な気がしてきた。

市内に戻って名物のモヤシとチキンを食べた。石灰岩によって水が綺麗なイポーでは美味しいモヤシが育つらしい。
ケロットン洞窟寺院(極楽洞/Kek Look Tong Temple)という比較的新しい寺院で庭園を散歩したり、その近所でポメロというブンタンみたいに大きな柑橘類を味見したり、コロニアル建築が美しいイポー鉄道駅を見学したりしてから旧市街に繰り出すと、既に17時をまわっていてお店はだいたい閉まっていた。

カフェで名物のホワイトコーヒーを飲む。いつも砂糖は入れない派だけど、寝不足で動き回って疲れた体には、この甘さが身に沁みる。
早めの夕飯に、肉骨茶(バクテー)も初体験。薬味っぽい味は好きな方で、スープが染み込んだ湯葉も歯ざわりが良く美味しい。盛りだくさんである。

この日泊めてもらう予定のガイドさんの別宅へ寄ってからは温泉へも行った。と言っても、スパリゾートハワイアンズみたいなテーマパークで、その名も「LOST WORLD」。恐竜と関係があるのかないのか謎だけど、「失われた世界」というネーミングにはグッとくる。
プールの様だけどちゃんとした温泉で、滝や洞窟の造形物で趣向が凝らされている。作り物と知りつつも、洞窟の中に入って立ちこめる湯気にまみれると幻想的な気分になる。

鉱物に恵まれ、水が綺麗で、温泉も湧き出る、なんて豊かな土地なのだろう。
チョンさんが子どもの頃は、ここら辺一帯は普通の川で、和歌山県の川湯温泉の様に暖かい湯が湧き出ていて、もちろん無料でよく泳ぎに来たらしい。
もはやそんな景色の片鱗も想像できないけれど、それこそが「失われた世界」なのかもしれなくて、皮肉なネーミングに苦笑する。

盛りだくさんだった初日も暮れて、これで終わりかと思いきや、最後にとっておきの楽しみが待っていた。
イポー名物スノービール。要はシャリキンのビール版である。
カールスバーグを注文すると、キンキンに凍ったジョッキになみなみと注がれたビールが真っ白に泡立って、確かに雪の結晶みたいで綺麗だった。
待ってましたとばかりに乾いた喉に流しこむと、疲れた体の隅々にまで染み渡って最高だ。温泉上がりの夕涼み、露天でキンキンに冷えたビールだなんて、これ以上に幸せなことがあるだろうか。

つい1日前、ここに来る時の東京は真冬の冷え込みで、厚手のダウンジャケットを羽田空港に預けてきたのが嘘の様だった。
マレーシアの2月はちょうど雨季が終わった後で、1年で1番暑い時期らしいのだけど、夜は涼しく真夏の東京の熱帯夜に比べると断然過ごしやすい。
そういえば、夕涼みってこういうものだったよね…。
東京で夕涼みと思っていたアレは、もはや何も涼しくない。日本らしい情緒のある言葉だと思っていたけれど、いつの間にか東京の方が熱帯になってしまっていて、夕涼みなんてものはとっくの昔に失われてしまったのかもしれないな。

浅草のホッピー通りの様に、東京でも露天で飲める場所はある。でもそんな場所も最近は、観光客向けに開発した様なよそよそしさが拭えない。

ここは混雑もしていないけれど、寂しげでもない。
二階建てで統一されたショップハウスの連なりは威圧感がなく、空が広い。
電飾看板は控えめで闇をかき消すほどでもなく、目を楽しませてくれている。
建物のサイズも街の灯りも等身大で、とても人に優しいのだ。

程よい湿度を含んだ南国の夜空は、何色もの絵の具で描き出したかの様に豊かな黒だけど、水彩画の様に軽い。夜空に揺らめく電飾の下で、家族大勢で来ている人も、男二人で語り合っている人も、笑い、喋り、その話し声は夜風に舞い、一日の労はねぎらわれ、明日の為に消えていく。
24時をまわってもなお賑わい、それでも自棄酒の疲弊感や喧騒感など微塵も感じられはしない。生粋に地元の人たちが終電など気にせずに、ほろ酔い気分を冷ましながら歩いて家路につくのだろう。
すこし目頭があつくなる。

わたしは旅が好きだけど、今までどんなところを旅しても、どんなにその土地を気に入っても、そこに住みたいなてことは安易に考えない方だった。一介の旅行者がそんなことを考えるのは、住民に対して失礼とさえ思っていた。
それが、どうしたものか。おかしいな。
これは全て、通りすがりの旅行者が見た幻だけど、ここにいる誰もがみんな、ここに居ても良い存在として許されていて、肩の力を抜いている。老若男女、金があろうがなかろうが、生きていること、楽しむことに後ろめたさを感じないでいられるのだ。

いや、実際には多くの苦労もあるのだろう。しがらみもあるのだろう。そんなリテラシーを総動員させて甘い誘惑に抗ってみたけれど、子どもの頃に感じていた様な世界に対する信頼感が、失われた世界から立ち顕れて、優しい夜風とともにわたしを包むから。

イポー、ここって、住みたいかもしれない。

はじめてそんなことを考えてしまった。

大日本図書『たのしいせいかつ』しかけイラスト描きました

先日ご紹介した保健の教科書に続いてもう一つ。
同じ大日本図書さんの生活の教科書『たのしいせいかつ』「がくしゅうどうぐばこ③夜の 長さって どの くらいかな?」のイラストを担当させて頂きました。
こちらは小学2年生が使う教科書です。

イエーイ夜だ!目が覚めた!みたいな、すっかりダメ〜な大人になってしまった私からすると、もはや遠い過去の記憶なのですが、確かに7歳くらいの頃の「夜」って全く「未知」の世界だったんですよね。暗くて怖い。でも大人の秘密がいっぱい詰まってそうでどこか惹かれる魅惑の世界…。
このページではそんなドキドキの夜の世界を探検できるのです。

ページを開くとまずは昼の街角の絵が出てきます。
子どもたちにとっては見慣れたお馴染みの世界です。

右ページには懐中電灯…? これ、なんでしょうね?
イラストのおにいちゃんの様に、これをハサミで切り取って、

次のページを開くと、

あれれ? 真っ暗。。。
暗くて怖い未知の世界、、ィ夜!

そこで、さっきの懐中電灯が登場です。
これを持って夜の街を探検してみよう!

セロファンの下に挟むと…、
あ!公園に人がいる!

消防車も走ってる!夜の街もけっこう賑やかなんだ…

夜中なのに働いてる人もいる!

おじさんたちが見回りしているね

コンビニは24時間空いてるんだ!大変だなぁ…

と、ここまで書いてたら脳内にある曲が浮かんできました。

夜が 夜に夜る夜 夜は夜を夜る夜と夜〜
夜は 夜を夜る夜 夜が夜に夜る夜の夜〜

「かっこいい男とかっこいい女」、横山剣さんと、今は亡き😢渚よう子さんの唄う名曲「夜のエアポケット」!

そういえば、剣さんの初期の曲には「夜の境界線」「夜のヴィブラート」「アメ車と夜と本牧と」「薄幸!深夜妻」「真夜中のストレンジャー」などなど、やたらと夜の曲が多かった。
昭和に育った私にとっても、ィ夜は「かっこいい男とかっこいい女」が眩いネオンの街を闊歩するかっこいい世界!(ファンタジー)だったので、あの頃に感じていた「見ちゃいけないものを覗いて見る」よなドキドキ感を脳内で再生しながら描いてみました。

今の子にとってはもう少し、夜は身近な世界なのかもしれませんね。
でも「未知の世界」がいつでも日常のすぐ隣にあるって思う感覚、子どもにとって大切な気がするなぁ。

それにしても、こんな楽しいしかけページがあるなんて、今時の教科書ってなんて楽しいんだ!羨ましい。

最後に。
こちらがイラストの全貌です。
同じ街の一角ですが、昼と夜とではまるで別の世界。
でもよくよく探してみると、あのお兄さんもお姉さんも、あのおばさんもおじさんも、昼間に見た時とはまたちょっと違った姿で登場しているかもしれないですよ。

 

大日本図書「たのしいほけん」3・4年/「たのしい保健」5・6年表紙イラスト掲載

来年度の小学校保健体育教科書の表紙イラストを担当させて頂きました。

「たのしいほけん」3・4年/「たのしい保健」5・6年(大日本図書)

初めての教科書のお仕事です。

3・4年は学校が舞台、5・6年は地域や家庭が舞台です。いろんな人との関わりの中で、めぐる季節の中で、すくすくと育つ子どもたちを元気いっぱいに描いてみました。あなたに似た子を見つけたかな?

俯瞰図の手法だと、特定の場所に限定されがちなのですが、編集者さんやデザイナーさんと推敲を重ね、なるべく幅広いシーンが描けるように構成を考えました。今まで描いた俯瞰図との一番の違いは、壁がないこと。壁を取っ払うことで格段に子どもたちの元気パワーが炸裂しました。


また、本文でも見開き5枚の俯瞰図を描いています。

3・4年「毎日の生活とけんこう」
3・4年「育ちゆく体とわたし」
5・6年「心の健康」
5・6年「けがの防止」
5・6年「病気の予防」

ページ上部の子どもたちを探しながらそれぞれのテーマについて考えていくページです。
私自身は教科書を使わない小学校に通っていましたし、今も子どもがいないので、子どもたちがこの教科書を使ってどんな風に学習してくれるのか、いまいち想像できないのですが、楽しみながら学んでくれると良いなぁ。

来年の4月、たくさんの子の手に渡るのが今から楽しみです。

表紙でイラスト、本扉で立体イラスト掲載のムックです!

AERA Mook『災害からお金を守る』では平面と立体両方載せていただいてます!

表紙と目次は安心感あふれる平面イラスト!

本扉とインデックスには危機感あふれる立体イラスト!

両方載ってる本は、個人的にはなかなか希少。
意識してるわけじゃないのですが、テイスト違いますもんね。
同じ人の作品と、誰も気づかないだろうな…。

作風のジェンダーについて一考。

平面の方が、可愛くて優しくて女性的な絵柄が多いのですが、
過去作品を見て依頼されるので、偏りがちになるのかも。

平面は女性的なテイストのものの方が人気、
立体は男性的なテイストのものの方が人気、
というだけかもしれません。

実は過去作品では逆のパターンもあります。

こんな風に、諧謔的で男性的な平面(『日経アーキテクチュア』12年2月15日号掲載)も描いていますし、

こんな風に、可愛くて女性的な立体(オリジナル作品)も作っています。

一応断っておくと、ここで言う「男性的」「女性的」という言葉は
あくまで便宜上使っています。

どれもこれも、同じ人の作品と認識されにくいかもしれませんが、
同じ人間の中に、女性的だったり男性的だったり両方のジェンダーが入っていると思うので
自分にとっては、こういう出し方が自然です。
どちらを殺すわけでもなく、どちらも需要があることが嬉しいです。

この中間を埋めてく作品が沢山できていけば、
ある種の統合性が見えてくるのかな〜、なんて。

『くっちーのおしえて中の人』2018年〜/カタログハウス

通販生活のWEBサイトで漫画の連載始まりました

通販生活のWEBサイトで漫画連載
くっちーのおしえて中の人」始まりました。

インターネットがますます身近になってきて、
完全キャッシュレスの国もあるのだとか。
とはいえ、私も普段は粘土をこねてるようなアナログ派。
解らないことだらけです。

第一話はクレジットカードでのお買い物のお話ですが、
これからネットに関する様々な話題を取り上げてゆきます。
取材を通して苦手なデジタルを克服出来れば!

皆さん、どうぞよろしくお願いいたします!

第一話はこんな感じ↓続きはこちら

 

『AERA』17年2月27日号A/朝日新聞出版

ドナルド・トランプ大統領人形、作りました!

そして今週の『AERA』、やっと追いつきました!

来る来る、とは思ってましたが早速来ました、このご依頼。
今世界中が注目しているこのオッサンです。

『AERA』17年2月27日号A/朝日新聞出版

さすがに派手です。いろいろ舞ってるし。
武器の赤いネクタイで、日本経済に混乱を巻き起こします!
そして、、

『AERA』17年2月27日号B/朝日新聞出版

前に作ったアベ人形も再登場。
赤いネクタイでまんまと取り込まれています。

『AERA』17年2月27日号C/朝日新聞出版

ネクタイはこんなバージョンも作りました。
着せ替えです。オシャレさんでしょ。
こちらは決め台詞の「America  First」ネクタイになります。

是非書店にて、お手に取って覗いて見て下さい!

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『AERA』16年10月31日号A/朝日新聞出版

平面と立体のミクストメディア!

昨年秋から年末年始にかけて、私用でバタバタしておりまして、
だいぶブログの更新を怠っていたのですが、その間にもなかなか面白い試みをしておりました。

お馴染みの『AERA』ですが、16年10月31日号にて、初の試み、
立体イラストと平面イラストのミクストメディア(混合技法)、です!

ジャーン!!
『AERA』16年10月31日号A/朝日新聞出版 『AERA』16年10月31日号B/朝日新聞出版 『AERA』16年10月31日号C/朝日新聞出版 『AERA』16年10月31日号D/朝日新聞出版

「プログラミング」という、ビジュアルにしにくいテーマですが、
いつも誰も思いつかない様な、斬新なアイデアを提案して下さるデザイナーさんから、
「テトリス状の立体に平面を絡める」というご依頼を頂いた時には、血湧き肉踊りましたデス。
立体イラストレーターを名乗りながら、平面イラストも描いているわたくし、に、
こういう提案をして下さった方は初めてなのです。

プロセスとしては、


1. 1cmの立方体木材を購入。3つづつ組み合わせ同じ形を作り、4色の立体を制作。
2. 立体でビジュアルパターンを組み合わせ、スケッチ写真を撮影。
3. 写真にハマるイラストラフを描く。打ち合わせで、7種類に厳選。
4. カメラマンの方に立体を撮影して頂き、写真素材を頂く。
5. それにあわせてイラスト本番を描き、データ送信。


どうでしょう?意外とシンプルなプロセスだと思いません?

イラスト部分を1色にするというのも、デザイナーさんの提案で、スッキリと無機的なものを、
人の手で有機的に扱うという、記事の内容に即した、狙い通りの絵柄が作れたと思います。

そもそも、
昔は普通に絵を描いていたわたくし、立体を作り始めたきっかけは、
絵の中に立体の陰影の様なメリハリが欲しい!という欲求だったので、
そんな学生時代の初期衝動をやっと一つ実現出来た様な、嬉しいお仕事でした。

良いアイデアが閃いても、実現するには面倒くさそうで、お蔵入りになってしまうことってありますよね。
もし今度、そんなアイデアを思いついたら、お蔵にしまい込む前に「ちょっと待てよ?」と一呼吸、
「そうだ、kucciに聞いてみよう」なんて、思ってくれたら嬉しいです。

意外と、思ってるより簡単に、実現出来ちゃうかもしれませんよ。

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『キンダーブック3』9月号「むかしの いえ いまの いえ」

キンダーブックって、ご存知ですか? 来年で創刊90周年を迎えるんだそうで、昭和2年生まれの雑誌です。
私が通っていた幼稚園では、残念ながら配っていなかったのですが、
幼稚園でこの本に馴染んだ方は必ずと言って良い程「懐かしい〜!」と歓喜の声を上げて下さいます。
前に『キンダーブックがくしゅうおおぞら』で、たくさんのジオラマを掲載して頂いた時には、
昭和40年代生まれの夫も、昭和10年代生まれの親戚のおばさまも、同じ様に懐かしむとともに、大変喜んでくれました。

最新号の9月号では、平面イラストを掲載して頂いております。
俯瞰図と言うより断面図です。総じて箱庭絵画とでも申しましょうか。


さて、今回のテーマは「むかしの いえ いまの いえ」す!

『キンダーブック3』2016年9月号観音扉【昔の家、今の家、外観】
扉はこんな感じ。家の外観を描いています。


「ここを めくってね。」というところをめくると、観音状に開きます。



ジャーン!おうちの中が御開陳!詳細に見て行きましょう。

『キンダーブック3』2016年9月号左観音扉【昔の家】
こちらは左観音の「むかしの いえ」

『キンダーブック3』2016年9月号左観音扉【今の家】
こちらが右観音の「いまの いえ」

『キンダーブック3』2016年9月号 シールページ
その後、カットイラストのページを挟んで、こんなページもあります。
昔のおもちゃか、今のおもちゃか考えて、シールを貼るページです。子どもはシールが大好きです!


5歳の
ボクは両親とおじいちゃん、おばあちゃんと新しい家に一緒に住んでいます。
でも、この家が立つ前にはどんな家がたっていたんだろう。
おばあちゃんが、ボクと同じ年頃だった昭和35年頃、
今の家とは全然違うおうちに住んでいたんだって。
建材も違う。家具も違う。家電も違う。服も違う。遊びも違う。
でもよくよく見てみると、庭にある栗の木や、金木犀の木はおんなじだ。
いやおんなじじゃない、結構おっきくなっている。
そして、ボクがおばあちゃんに遊んでもらっている様に、
おばあちゃんも、そのまたおばあちゃんに遊んでもらっていたんだね。

 

と、こんなイメージで描きました。一つ一つを見比べながら、おばあちゃんの時代を想像してもらう、
昭和とともに生きたキンダーブックにふさわしい、とても楽しい特集ですね。

歴史考証の難しい内容でしたが、大好きなテーマなので、資料集めも面白かったです。
中でも、大田区にある「昭和のくらし博物館」はとっても参考になりました。

また、ちょっとした家具を一つ描くのにも、小さな発見の連続でした。
古い家の玄関すぐ横の書斎にある藤製の椅子は、明治期からあった物だけど、
昭和初期までは、まだまだお金持ちのアイテムだったそうです。
やっと庶民に普及したのが昭和中期。だから、私が小さい頃やたらと見かけたのね!とか。
新しい家のアルミサッシの窓枠は昭和45年頃の登場で、それまで家の中を
苦労して掃き掃除していた主婦達には、革命的な出来事だったんだ!とか。
今は当たり前になってしまった、どうってことないアイテムの一つ一つに、当時の方達が抱いていた憧れや希望。
そんな気持ちに思いを巡らすと、なんとも感慨深いものがありました。

箱庭的世界が好きな私にとって、家というのは日常に存在する大きな箱庭です。
それはただの建材や物の集積ではなく、住まう家族の喜びや悲しみも刻むものに見えるからです。
そうした語り尽くせない家族の歴史を、家というテーマを通じて、
小さいボクたちがほんの少しでも感じ取ってくれたら、この上なく幸せですね。

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